2011年07月21日

7/21の日経の春秋

今日は自分用。

7/21の日経の春秋。前半部だけ転載。

「産んでくれてありがとう。感謝してます」。母の日に、短いメールが母親に届くそうだ。サッカーの沢穂希選手は多弁ではない。菅直人首相への助言を聞かれても、「ないです」とポツリ。他意はなかろうが、世界の覇者の一言は重い。

▼語る人によって、言葉は重くも軽くもなる。いくら語気を強め、修辞句を並べたてても、行動を伴わなければ、心の中に入ってこない。沢選手は北京五輪で「苦しいときは私の背中を見なさい」と、後輩に声をかけた。自分も苦しいけれど頑張っている。そんな先輩なら、多くを語らなくてもついて行きたくなる。


私も母にメールを出したいと思う。
が、携帯買って差し上げたが、メールはマスター出来なかった・・・
ま、いっか。

今日はそこが本題じゃないから。

行動に比べれば、言葉は薄っぺらいもんだと思う。
いや、ちょっと違うな。
もちろん、言葉も大切だ。
言葉に行動がついて来ない時に、薄ら寒い。
この感覚を忘れないようにしないとな、と思う。

あと、この沢選手の写真はカッコいい。

なで.jpg
※写真クリックで拡大

すごくね?

posted by 手嶋 at 11:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月17日

東直子著「私のミトンさん」(毎日新聞社)

木村拓哉さん(私が芸能人をあまり知らないだけで、ハリウッドスターでもロックスターでも交換可能)について語るとしよう。
彼は顔がキレイである。
こう指摘することに意味があるんだろうか?

カッコいいよね、と言って、なにか了解できるんだろうか。

もちろん、20歳の女の子が「キムタクってもう40なんでしょ? 信じられない、すごくカッコいいよね」と言うのはOKである。

その上で、私はこう思う。
整った顔をしている彼を、イケメンという言葉でわざわざ定義するのは、気持ち悪い。
そして、木村さんの特技は他にもたくさんあるのだと思う。

と、このように問題提議をしておきながら、私は木村拓哉さんの魅力は、顔が美しいことだと思っている。

言いたいこと分かる?

まぁ「1回転」ってことだ! キムタク=格好良い、って1回転して、意味変わってる気がするんだよね。

前フリが長くなったが、さきほど、東直子さんの「私のミトンさん」を読んで、何か書きたくなったわけだが「不思議」という言葉だけは絶対に使うまい、と決めた。

キムタクにイケメンと言うくらいにそれは陳腐なことであるから。

それと同時に「それでも、イケメンって言いたいじゃん」なのである。

「私のミトンさん」の不思議さについても「1回転」してるわけで、触れても恥ずかしいし、触れないと馬鹿っぽい。
どうしていいか分からない、持て余す感覚だ。

私は小説に、簡単に「不思議」を持ち出すべきではないと思う。
そこに必然性があって、この世あらざるものを支えるための背景、土台をそうとう強くしない限り、許されないと思う。

ただし、不思議なものを不思議以上の特徴をもって書けて、なおかつ圧倒的なセンスがある場合、この限りではない。

ミトンさんは不思議である。
そして、それ以上にチャーミングであり、何よりセンスがある。

この小説をどうやって楽しむかは人によって違うだろう。

私は「人との関係と、感情がズレていく」感覚が目新しかった。

ミキヒコ叔父さんは変わった親戚との関係性であるが、どこか恋愛のにおいを嗅ぎ取る。
庄司君は恋人であるけれど、弟のようである。
みほさんは友達のようでありながら、否定的な自分の影のようにも見える。

ミトンさんが触媒として、とても特異なせいか、本来の関係から、微妙にズレていくことに、私は「見たままの人間関係を疑え」というメッセージを勝手に発見して面白がっていた。

最後になったが、登場人物のセリフも見所。

posted by 手嶋 at 02:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月03日

矢沢永吉「止まらないHa〜Ha」

俺は昨日、極真の稽古に行った。
そこで思ったんだ。

虎はなんで強いか?
そんなことを虎は考えたことはないのだ。

え? 言いたいこと?

それはちょっと待ってくれ。
その前に、今日は全裸の話をしたい。

この時点で勃起してる人、さようなら。

全裸。
宴会での全裸芸で難しいところは、脱ぐところではなく、脱いだ後らしい。
さらに言えば、会場を去る、あるいは、服を着るところという話をきいたことがある。

分かる。

おそらく、衆人環視のもと服を脱ぐのは、突き抜けた非日常である。
これは盛り上がる。

問題は脱いだ後だ。

着る時に、日常が忍び寄るのだ。
それでも、その日常は、非日常の延長であり、余韻もあるだろう。
辛くも宴会を成立させる僅かな膂力は残っているはずだ。
しかし、この時に芸を終えた彼が「照れた」としたら、一気に、我々は日常に引き戻される。

慣れないくせに難しい言葉を使ったせいで、文章が変になった。

えっと、つまりさ。
脱いで盛り上がったくせに、芸終わってから服着る時にさ、そいつが照れていたら、寒いよねー、という話。

なんで、こんな話をしたかといえば、さきほど、YouTubuで、あれを観たのだ。

あれよあれ。

矢沢永吉 「止まらないHa〜Ha」
http://www.youtube.com/watch?v=5c2SbJHAzH4&NR=1

もうね、カッコいいんですよ。

何がって?

黒い髪した、アジア顔した人が「カモーン」だの「ロッケンロール」ってシャウトして、これだけ決まっちゃう人って、いるのかな?

俺はずっと、矢沢永吉のカッコ良さについて、意味が分からなかった。
いあ、別に意味はいいんだけど、了解できなかった。

なぜ、俺は「ビートの虜ぉおお」とか言われて、受け入れるのか?

永ちゃんは、絶対に照れないからだ。
微塵も疑わないからだ。

虎はなんで強いか? そんなことを虎は考えたことはないのだ。当たり前だから。

永ちゃんはなんでカッコイイのか? なんでじゃなくて、カッコイイものなのだ。当たり前のことなのだ。
posted by 手嶋 at 21:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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