2010年08月01日

キトボーが変わる頃

Twitterがこんな具合だ。

100801twi.jpg

いつもはくじらの画面のサーバダウンだけど、今回は珍しく予定されたメンテナンスらしい。

ちょっと誇らしげに見えるのが、なんとも言えない。

そんなこんなで、久しぶりにこちらを更新。

先日、私が講師をしたツイッターセミナーのDVDが出来上がった。

制作はスタッフに任せていたのだけど、出来上がったものは、私の写真が円盤に刻まれたものだった。

で、その顔が変だと、スタッフ全員が笑う。

2日くらい経っても、まだ笑っている。

私はあまり気にしていなかったのだけど、スタッフ全員があまりに言うので「顔とかそういうのは、ちゃんとしないとならんかな?」などと思っていた矢先に、神田昌典・湯山玲子「ビジネスの成功はデザインだ」を読んだ。

これは天啓かもしれないと、とりあえず、身だしなみに気をつけてみようかな? と思いはじめた。

モトが変でも、背景変えると、ぜんぜん良いよ、という話だったので、私にもできそうである。

ところで、生後4週間ほどで、我が家に来たオス猫の話をしたい。

名前をキトボーという。
彼は動き回り、ほんとうに落ち着きがなかった。

ネズミのオモチャで戯れると、飛んだり跳ねたり。
私はサーキット(スタミナ稽古)と称して、何度も、彼をアゲた(息が切れるまで運動させること)。

落ち着きのなさ、動きの激しさは筆舌に欠いた。
我が家にはもう一匹、4歳くらいのメス猫(にゃにゃ)がいるのだけど、同じ動物とは思えなかった。
大げさだった。
筆舌には欠かない。だって、書いてるからな。
すまん。

話を戻す。
これは飼い主である私の妄想であるが、キトボーは自分を猫とは思っていなかったはずだ。

キトボーはキトボーという固有名詞によって発生した。
そして、将来はホワイトタイガーになる、あるいは狼になる、それくらいの野望や確信があった。

俺はキトボー
まだ小さい
だが、いつか
世界を統(す)べる男

無知無力な生き物であったが、確かにあいつの目には、自らに対する強い予感があり、輝きをたたえていた。

もちろん、私からみえば「ひゃくぱーねぇ(100%無い)」わけだが、人間も幼い頃は全能感というハシカにかかる。

そのキトボーが、最近はよく寝るのである。
あたかも猫のように。
いや、猫なのだけど。
ゴロゴロと。
にゃにゃとそっくりになってきた。

ネズミのオモチャで遊んでいても、以前のように果敢にして獰猛な勢いがない。
(安全な)冒険に飢えたケダモノのような動きをしない。
今は「待つ」。
自分から行け! と思うのだが、待つ。
すでに名をなした空手のチャンピオンが、トーナメント初日は相手の出方を待ちながら、最小限の動きで勝つ、そんな感じなのである。

いま、彼はこう感じている。

「オレ、自分のことキトボーだと思っていたけど、どうも違う。オレ、猫かもしれない。なんか眠いし、あまり動きたくないし」

彼は自分を疑いはじめた。
いや、その本質に気が付いたのだ。
そして、眠いから考えるのも面倒になっているはずだ。
それこそが猫の証でもある。

生後4週間で我が家にやってきて、早くも2歳になろうとしてるオス猫は、もうキトボーではない。

キトボーは陽だまりの中、面倒くさいから「キトボー」と、なんとなく決別したのである。

「ビジネスの成功はデザインだ」で、神田氏はデザインを軽視し続けた自分への「復讐」と書いている。

復讐には見えなかったが、ダイレクトレスポンスマーケティングとの決別は明確であった。

前から、決別はしていたけれど、この本によって決定的になったと思う。

キトボーと神田さん。
今と昔。

どちらも私は好きだし、今には昔が必要だ。
posted by 手嶋 at 17:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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