2011年07月17日

東直子著「私のミトンさん」(毎日新聞社)

木村拓哉さん(私が芸能人をあまり知らないだけで、ハリウッドスターでもロックスターでも交換可能)について語るとしよう。
彼は顔がキレイである。
こう指摘することに意味があるんだろうか?

カッコいいよね、と言って、なにか了解できるんだろうか。

もちろん、20歳の女の子が「キムタクってもう40なんでしょ? 信じられない、すごくカッコいいよね」と言うのはOKである。

その上で、私はこう思う。
整った顔をしている彼を、イケメンという言葉でわざわざ定義するのは、気持ち悪い。
そして、木村さんの特技は他にもたくさんあるのだと思う。

と、このように問題提議をしておきながら、私は木村拓哉さんの魅力は、顔が美しいことだと思っている。

言いたいこと分かる?

まぁ「1回転」ってことだ! キムタク=格好良い、って1回転して、意味変わってる気がするんだよね。

前フリが長くなったが、さきほど、東直子さんの「私のミトンさん」を読んで、何か書きたくなったわけだが「不思議」という言葉だけは絶対に使うまい、と決めた。

キムタクにイケメンと言うくらいにそれは陳腐なことであるから。

それと同時に「それでも、イケメンって言いたいじゃん」なのである。

「私のミトンさん」の不思議さについても「1回転」してるわけで、触れても恥ずかしいし、触れないと馬鹿っぽい。
どうしていいか分からない、持て余す感覚だ。

私は小説に、簡単に「不思議」を持ち出すべきではないと思う。
そこに必然性があって、この世あらざるものを支えるための背景、土台をそうとう強くしない限り、許されないと思う。

ただし、不思議なものを不思議以上の特徴をもって書けて、なおかつ圧倒的なセンスがある場合、この限りではない。

ミトンさんは不思議である。
そして、それ以上にチャーミングであり、何よりセンスがある。

この小説をどうやって楽しむかは人によって違うだろう。

私は「人との関係と、感情がズレていく」感覚が目新しかった。

ミキヒコ叔父さんは変わった親戚との関係性であるが、どこか恋愛のにおいを嗅ぎ取る。
庄司君は恋人であるけれど、弟のようである。
みほさんは友達のようでありながら、否定的な自分の影のようにも見える。

ミトンさんが触媒として、とても特異なせいか、本来の関係から、微妙にズレていくことに、私は「見たままの人間関係を疑え」というメッセージを勝手に発見して面白がっていた。

最後になったが、登場人物のセリフも見所。

posted by 手嶋 at 02:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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