2012年03月12日

試合など

昨年の東日本大震災からちょうど1年の2012年3月11日に試合をしてきました。
7人のトーナメントで、私はシードでした。
いきなり準決勝ですが、そこで敗退。
いやぁ、悔しいです。

今回、自分なりに試合中のテーマがありましたが、30%も消化できず、残念が半分。
課題が見つかったので、これからの稽古が楽しみなのが半分。

試合が決まるといつも「早く試合が終わって楽になりたい」と思うのですが、試合最中はやっぱり楽しくて、終わった瞬間に「また、すぐに出たい」となります。
怖いんですけどね。

まぁ、とはいえ、空手の試合の負けの悔しさなんて、幸せな話だと思います。
あの震災で、犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈りしますとともに、ご家族、ご友人、まわりの仲間を亡くされた方々に心よりお悔やみを申し上げたいと思います。

震災で亡くなられた方や、いまだに不自由な生活に耐えておられる方々は大勢いらっしゃいます。

私はWeb屋でマーケッターです。
今はSNSとスマートフォン開発に注力しています。
復興の活動についても、得意分野でちゃんと被災地に効果がある形で出来ればと思っています。

現在、私はFacebookを活動の場にしつつあります。
IDは以下。良かったら友達申請よろしくお願いします。

http://www.facebook.com/teshimatakemoto

posted by 手嶋 at 23:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月10日

久しぶりの試合(極真会館・西東京大会)

明日、空手の試合に出る。

私は極真会館というところに所属している。
故・大山倍達総裁が創設して、現在は松井章圭館長のもと、国際空手道連盟極真会館という名称。
でもって、私は川本英児支部長率いる東京城北支部の富士見台道場に所属している。

明日、2年ぶりに試合に出ることにした。こんなやつ。

西東京大会 壮年上級 75kg以下 というカテゴリー。
40-44歳、緑帯・茶帯・黒帯、体重75kg以下のクラスだ。

極真の良いところは、沢山のカテゴリがあるので、おじさんでも、ちゃんと試合が出来るところ。

私は3年前の本大会初級の部で優勝したけど、上級の試合で通じるのか、はなはだ疑問。
ってか、通じないとダメなんだけど。
押忍(←ちょっと使い方違う)

去年の11月終わりくらいから、3ヶ月半ほど、わりと頑張ったよ。
週に平均3回の稽古と、家で自主トレに励んだ。
一般選手の稽古量と比較すると、犬小屋とビルディングくらいの違うはある。
子供が雪で作ったカマクラと、キリマンジャロくらいの違いでもOK。
いずれにしろ、違いがあるわけだが、違いが分からない男であるところの私は、私なりには今までで一番頑張ったかなぁという感じ。

2007年度北米チャンピオンの山下さんにも、何度もマンツーマンで指導してもらった。
私の空手の80%は、山下さん直伝。ほんとに有難い。
今回も色々なアドバイスをいただいた。

試合前日ということで、TwitterやらFacebookやらmixiに散らばった稽古記録や写真をblogでまとめてみることにした。

▼12月23日
上板橋道場。

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写真は稽古を終えて、ブレンダン先輩と。
スパーリングでは手加減してくださるけど、前蹴り食らうと、腹に穴が空いた気分になる。この日の組手は別の班だったからセーフ。
無差別の全日本に出てる選手だから、そりゃ痛いわけだけど、痛すぎ。

なお、この日指導してくださったのは、2010年度の全日本ウェイト制チャンピオンの藤田雅也先生。現在はキックボクシングで活躍中。

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試合だと、ほんとに鬼みたいで、恐ろしいのだけど、普段は優しくて、ずっとニコニコしてて良い先生です。
組手がキレイ過ぎて惚れたけど、まだ告ってはいません。押忍(←ちょっと使い方違う)


▼12月25日
富士見台道場の稽古おさめ。
集合写真で一人だけ私服の馬鹿がいる。
渋谷から間違って、和光市に行ってしまい、あまつさえ池袋から戻ったはいいが、1つ手前の中村橋で降りてとぼとぼ歩いて道場に行くも、すでに終了。
ほんと馬鹿野郎です。押忍

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▼2月11日
試合まであと1ヶ月。
筋トレはそれなりに頑張ってる。
シャドーをしてみても、まぁまぁ動きは早くなってきたなぁという気分。
あくまで気分だけど。

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▼2月19日
富士見台道場。稽古のあとに、居残りでフィジカル稽古。
熱気で湯気が・・・

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もうね、なんか苦しいというか、苦しいっていうか、苦しいみたいな。
押・・・忍

そんでもって、稽古中にスパーリングでガチガチやりすぎて、案の定、足は・・・

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でも、すぐに治る。
極真始めた頃は、よく怪我をして、しかもなかなか治らずに、アザもずっと残ってた。
骨折もよくしたもんだ。まぁ、アバラの骨折なんて、骨折に入らないけど、ポキポキっとね!
当時は先輩たちみんな「よく普通にやってるなぁ」と思ったもんだが、慣れって恐ろしい。
すっかり怪我も減り、してもすぐに治るようになった。特にアザとかそういうのは。
このアザも3日で消えてしまった。


▼2月24日
江古田道場の稽古。
写真は左から、体重100kg超えの佐藤さん、極真会館2008年度世界大会日本代表にしてキックボクシングのRISEのタイトルマッチを控えた渡辺理想先生、私、同じ試合に出る山森さん。
スパーリング激しかったけど、楽しかった。

00ego.jpg

佐藤さんは柔道とレスリング出身なんで、足払いでよく転がされる。突進力も常軌を逸してる。
理想先生には攻撃が当たらない(笑)全部、スカッスカッと。空振りってすげー疲れるんだけど、良い息上げになった! と無理矢理ポジティブシンキングしてる自分、かなりキモい。
そして、山森さんの圧力はハンパじゃないし、パンチ痛すぎ。泣くかと思った。スパーリング中に泣いたら、除名されるような気がして、泣かないけど。
とまぁ、ボコられすぎて、空手してるのが嫌になりつつ、途中から変な笑いが出てきた日だった。


▼2月27日
富士見台道場の稽古が終わってからシャドーしながら、フォームのチェック。

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練習してまっせアピールが、我ながら痛いなと思いながらも、頑張るおじさん。


▼3月2日
試合まであと10日。この日の朝の体重は59.6kg。
木曜日の上板橋稽古。
山下さんにミットを持ってもらう。

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終わってから、二人で早稲田のタイ料理に行った。美味かった。
というか、稽古の後はほんとにメシが美味い!
でも、激しすぎる稽古の後は、メシが食えない。強くなりたいか、美味いメシが食いたいか、そのせめぎ合いの中で、空手家たちは日々、稽古に励む(俺だけだから、本気にしないように)。


▼3月10日
試合前日。
とにかく、この1週間は炭水化物を沢山とりながら、息上げを中心に稽古した。
炭水化物って何? ってよく分からないけど、白米とかラーメン食えばOKらしいんで、それは俺、得意^−^ 
体重は59kgからなんとか62kgまで戻るものの、対戦相手はみんな70-75kgあたり。
さてさて、明日の試合はどうなるでしょうか・・・

blogの更新なかったら、負けたと思って、何も聞かないであげて!


posted by 手嶋 at 23:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月22日

フラセボのレシピー

オススメblogを紹介します。

フラセボのレシピー

精神科医のblogですが、興味深いです。

「恋愛が長続きしない人 」
というエントリー記事では、以下のように始まる。
「恋人に対して好きと言いながらも、相手に変化を求める人は、恋愛が上手くいかない」
と。続きが気になる記事ではないか?

あるいは
「正常と異常のはざま」
では
「精神疾患における異常とはなんなのであろうか。よく、尋ねられる問いである。答えは出ている。それは・・・」
というのは、素人の私にすれば、なるほどな話。

「教育という仮面をかぶるコントロール願望」
では
「子供に対して言うことを聞かないという理由で大声を出す大人がいる。すると子供は自分の言うことを聞かせたい場合には、大声を出せばいいのか、と学ぶ」
と、空恐ろしい洞察がある。

私のオススメ記事はこちら。

「肥満」の原因を「遊び人」の心理から紐解いてみる
http://p.tl/pemf



ブックマークしておいて後で、とは思わずに今すぐクリック。1分で読めます。

posted by 手嶋 at 14:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月10日

ガス燈

映画「ガス燈」のDVDを観た。

渋谷の山下書店という本屋さんで380円で売っている。TSUTAYAのレンタルより安いので、ちょこちょこ買っている。

映画の評論家としても名高い私として、あの名作を論評するならば、イングリッドバーグマンほどの美貌の人が、シャルル・ボワイエに2週間で落とされちゃうのは、ダメだYO
評論家として名高いけど、ガス燈観たのが41歳ってすごい話だ。
さらにいえば、去年「ハスラー」初めて観たんだけど、ビリヤードやりたくなった。でも、家が狭いので、買うの無理。
専門はヤクザ映画なんで「さらば愛しのヤクザ」とか「チンピラ」とか「竜二」とか「ミナミの帝王」(そもそも映画じゃねーだろ)あたりが専門だが、たまには洋画もね。
ああ「さらば愛しのヤクザ」の陣内さん、観たい観たい観たい。我慢できなくなってきた。

映画に話を戻す。
近所の老婦人のメイ・ウィッティ、うざいお;_;(顔文字やめるって言ってじゃん! って突っ込みはナシで)

名作には名作の理由がある。
とはいえ、宝石になんの興味もない私からすると、宝石にそこまで固執するグレゴリー・アントン(演じたのはシャルル・ボワイエ)には、共感はもちろん、理解もできない。
宝石なんかよりも、ポーラ・アルキスト(演じたのはイングリッドバーグマン)の方がよっぽど宝石っぽくない?
まぁ、グレゴリー・アントンは王立美術館(?)で、宝石について、熱く静かに語っているので、十分って話もあるけど、私としてはもうひと押し欲しいところだったけど。

監督のソロルド・ディキンソンってどんな人だったんだろう。

たとえば、アルコール中毒患者を治すカウンセラーは、おそらく「アル中の作り方」を知っているはずだ。
人を言葉で殺せる臨床心理士もいるだろう。

この監督、精神科医なんだろうか?

産業医をしていた友人が、精神科医となった。
親しくしてもらっていて、月に一度は食事を共にする。
彼と今度会うときに、質問してみたい。

にしても、1940年代のイギリス紳士の服装って、白黒でよく分からなかったけど、決まってたなぁ。
posted by 手嶋 at 13:35| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月15日

顔文字を禁じた男の物語

メールの書き方、というのを、たまに質問される。

正式なビジネス文書はgoogleで調べれば、663,000件出るので、それはいい(コイツ、ほんとにググってやんのwww とか言わないように)。

課題はこうだ。
ずらずらと長い連絡メールに対して「了解しました」とだけ返事するのは、そっけないんじゃないか? 
特に相手がクライアントだと、なんか書いた方がいいんじゃね? 

という話。

ITに若い頃から馴染んでる人は「お世話になっております」の一文がすげー要らねー、と言う人も多いので、人によって受け取り方は違うとは思う。
それは分かっちゃいるが、短いとそっけない、というのは、あるわけだ。

そんなときに、私が推奨しているのがエクスクラメーションマーク。

ま、早い話が ! だね。


了解しました。


という短い返事も


了解しました!


とすると、ずいぶんと印象が違う。
文章書くのが苦手だけど、相手に悪印象を与えたくない、という人には、いつも「!」をつけると、前のめり感が出て、相手も喜びますよ!
もう、すげー好印象!
簡潔な上に、やる気も伝わり、あまつさえスピード感まで演出することに成功している魔法の記号「!」を使うか使わないかで、あなたの人生に与える影響は天と地ほどに違います。
と、ちょっと大袈裟に伝えている。

ま、これはこれでいいのだけど、問題は、ビジネスではなくて、日常のネット会話について。

日常のネット会話って、携帯メール、PCメール、mixiやtwitterなどのSNS、blogへのコメントなどなど。

文章って集中してそこそこ時間をかけて書くと、とても相手に響く反面、ちょっとでも手を抜くと相手から想定外の受け取り方をされる。

怒ってるの?

とか

ごめん、言い方悪かった?

だの。

どうでもいい話でしたね、すみません

だの。
いあいあ、別にそんなつもりじゃないから!
そういうの、あるでしょ?

で、そろそろ本題に入るわけだが、この「誤解」を極力減らすために、とても有効に作用するのが、いわゆる顔文字である。

^−^

だの

;_;

ってやつ。

私はblogの記事には顔文字はあまり使わない。
ただ、コメントに対する返事だったり、あるいはSNSでの他者との交流には、かなり頻繁に使っている。

モノローグでは顔文字って意味がない。変なことを言ったところで、読み手は「自分に向けられている」とは思わないわけで、そこは情報の一つだから。当たり前だけど。
ただ、ダイアローグにおいては、私の言葉の全てが1人に向けて発せられるわけだ。
だもんで、日常会話で言う「微笑み=敵意はありませんよ」の状態にしておかないとならない。

そこで、顔文字を使うと楽なので、多用していたが、最近、顔文字に抵抗が出てきてしまった。
そりゃ、前から、顔文字使いな俺超カッコいい! とはまったく思わず、どちらかといえば、ちっと子供っぽいけど、敵意があると誤解されるより、いいか、ってな具合だった。

とはいえ、どうにも、この顔文字が苦痛になってきてしまった。

twitterをやっていると、こういうやりとりが多い。


私:この写真、面白い! → URL
Aさん:うわー、キレイですねー、その写真
私:ね^−^

みたいな。


これ、顔文字を抜くと


私:この写真、面白い! → URL
Aさん:うわー、キレイですねー、その写真
私:ね


急に印象変わるし、ちょっと怖くない?


じゃあ、顔文字を使わずに、敵意がないようにするために、どうすればいいか?


私:この写真、面白い! → URL
Aさん:うわー、キレイですねー、その写真
私:コメントありがとうございます。同意していただき、嬉しいです。


確かに失礼じゃないけど、こんな返事されたら、引くってば。
うーん、もっとライトに、だけど、顔文字を使わずに、だけどフレンドリーに、って考えていくと、すげー頭が疲れてくるんだ。


私:この写真、面白い! → URL
Aさん:うわー、キレイですねー、その写真
私:ですよね!!!!


馬鹿っぽい・・・


私:この写真、面白い! → URL
Aさん:うわー、キレイですねー、その写真
私:うふふ


きもい・・・


私:この写真、面白い! → URL
Aさん:うわー、キレイですねー、その写真
私:押忍


あ、これ、いいかも。

ま、話が長くなったけど、これから、顔文字をなるべく使わずに、でも、顔文字くらいのテンションと柔らかさの水準を保つレスポンスってのを、頑張ってみるかー、という話。

なんか、実践してるコツとか、自分ルールあったら、教えてください。


posted by 手嶋 at 16:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月21日

7/21の日経の春秋

今日は自分用。

7/21の日経の春秋。前半部だけ転載。

「産んでくれてありがとう。感謝してます」。母の日に、短いメールが母親に届くそうだ。サッカーの沢穂希選手は多弁ではない。菅直人首相への助言を聞かれても、「ないです」とポツリ。他意はなかろうが、世界の覇者の一言は重い。

▼語る人によって、言葉は重くも軽くもなる。いくら語気を強め、修辞句を並べたてても、行動を伴わなければ、心の中に入ってこない。沢選手は北京五輪で「苦しいときは私の背中を見なさい」と、後輩に声をかけた。自分も苦しいけれど頑張っている。そんな先輩なら、多くを語らなくてもついて行きたくなる。


私も母にメールを出したいと思う。
が、携帯買って差し上げたが、メールはマスター出来なかった・・・
ま、いっか。

今日はそこが本題じゃないから。

行動に比べれば、言葉は薄っぺらいもんだと思う。
いや、ちょっと違うな。
もちろん、言葉も大切だ。
言葉に行動がついて来ない時に、薄ら寒い。
この感覚を忘れないようにしないとな、と思う。

あと、この沢選手の写真はカッコいい。

なで.jpg
※写真クリックで拡大

すごくね?

posted by 手嶋 at 11:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月17日

東直子著「私のミトンさん」(毎日新聞社)

木村拓哉さん(私が芸能人をあまり知らないだけで、ハリウッドスターでもロックスターでも交換可能)について語るとしよう。
彼は顔がキレイである。
こう指摘することに意味があるんだろうか?

カッコいいよね、と言って、なにか了解できるんだろうか。

もちろん、20歳の女の子が「キムタクってもう40なんでしょ? 信じられない、すごくカッコいいよね」と言うのはOKである。

その上で、私はこう思う。
整った顔をしている彼を、イケメンという言葉でわざわざ定義するのは、気持ち悪い。
そして、木村さんの特技は他にもたくさんあるのだと思う。

と、このように問題提議をしておきながら、私は木村拓哉さんの魅力は、顔が美しいことだと思っている。

言いたいこと分かる?

まぁ「1回転」ってことだ! キムタク=格好良い、って1回転して、意味変わってる気がするんだよね。

前フリが長くなったが、さきほど、東直子さんの「私のミトンさん」を読んで、何か書きたくなったわけだが「不思議」という言葉だけは絶対に使うまい、と決めた。

キムタクにイケメンと言うくらいにそれは陳腐なことであるから。

それと同時に「それでも、イケメンって言いたいじゃん」なのである。

「私のミトンさん」の不思議さについても「1回転」してるわけで、触れても恥ずかしいし、触れないと馬鹿っぽい。
どうしていいか分からない、持て余す感覚だ。

私は小説に、簡単に「不思議」を持ち出すべきではないと思う。
そこに必然性があって、この世あらざるものを支えるための背景、土台をそうとう強くしない限り、許されないと思う。

ただし、不思議なものを不思議以上の特徴をもって書けて、なおかつ圧倒的なセンスがある場合、この限りではない。

ミトンさんは不思議である。
そして、それ以上にチャーミングであり、何よりセンスがある。

この小説をどうやって楽しむかは人によって違うだろう。

私は「人との関係と、感情がズレていく」感覚が目新しかった。

ミキヒコ叔父さんは変わった親戚との関係性であるが、どこか恋愛のにおいを嗅ぎ取る。
庄司君は恋人であるけれど、弟のようである。
みほさんは友達のようでありながら、否定的な自分の影のようにも見える。

ミトンさんが触媒として、とても特異なせいか、本来の関係から、微妙にズレていくことに、私は「見たままの人間関係を疑え」というメッセージを勝手に発見して面白がっていた。

最後になったが、登場人物のセリフも見所。

posted by 手嶋 at 02:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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